2012年5月16日水曜日

Hawaiian? ハワイアン?

ハワイにはHawaiianと呼ばれるNative (土着の人たちーちょっと古臭い言葉だが)がいるが、
現在その数は本当にわずかである。白人やアジア系との結婚などでhapa(ハーフ)やmixed/chapsui(混血)になってきている。その他のハワイアン(ハワイ人/ハワイの人)と言えば、アメリカ本土から移って来た白人(約30%)、アジア系(約40%), その内、日系が約20% (日系の内、沖縄系が30%),ハワイを含むポリネシア系が約10%, ヒスパニック系(ポルトガル、メキシコ、プエルトリコなど)が9%などとなっているが、いろんな国から移民してきた人々とその2世、3世、4世、さらに続いている、いわゆる「ロコ」達を指す(現在も毎年相当な数の移民がハワイにもやって来ている)。
もちろん彼らの多くも混血なので、一概に何々系という風に区別できない面もある。ハワイは文化と人種のるつぼ(melting pot) なのだ。
ハワイに行った方は「ここはアメリカ?」と思われた方が多いのでは?街を歩いてもアジア系がいっぱい。中でも日系が目立つ。名前も新里(シンサト)、仲間(ナカマ)、喜屋武(キヤブと呼ぶ;キャンではない)など沖縄系の名前をよく見かける。ご存知のようにハワイにはサトウキビ労働者としてポルトガルや日本、フィリピンなどから移民が集められた。一攫千金を夢見て日本人も(次男以下の貧しい出稼ぎ目的のものが多かった)神戸からの移民船に乗った。 一世たちは身を粉にして働いた。そして、子供たちを大学にやった。ハワイで確か最初のアジア系の知事はジョージ・良一・有吉さんだったと思うが(私が20代でハワイの大学に通っていたあたりは確か彼がまだ知事をしていたはず)、彼は日系2世で、両親は移民としてハワイにやって来、苦労して息子のジョージを学校に
やった。現在、日系は州や政府、官公庁などの公務員や医師や弁護士、警官などハワイ州になくてはならない要職に就いている人たちが多い。
話がちょっと逸れたが、日本人がハワイ大好きな理由の一つがアメリカであってアメリカらしくない
州?だからだと思う。それはアジア系、特に、日系人が多く、身近にーアットホームーに
感ずるからだと思う。日系ロコたちはクリスマスにハムや(時折、七面鳥も出される)その他、
アメリカの料理とともに「たくあん」をメニューの一品として必ずと言っていいほど出す。スーバーに行ってもたくあんはかならず置いてある。もちろん、日系だけではなくハワイのロコたちに
なくてはならないハワイアン料理の一つになっている。年配の日系人たちは親や先祖たちの
出身地(広島弁、熊本弁など) の方言まざりの日本語を話す。私とワイフの古い友人に
ヒデオとトモエがいる。マウイのカフルイに住んでいる。もう80代後半であるが、毎年
必ず二人で日本に旅行に来る。それぞれ、2世、3世だが、我々以上に「日本人」的な
ところがある。日本に来るときは必ずおみやげを持ってくる。こちらも、二人に会うときは
お土産やお返しをする。彼らはアメリカ人だが「日本文化」をもった日系のハワイ人(ロコ)なのである。

2012年4月29日日曜日

Maui No Ka Oi


Maui No Ka Oi  [マウイはナンバーワン(一番)」という意味。
大学を出て、妻の家族が住んでいるマウイ島のキヘイという小さな町に住むことになる。キヘイは島の南西にあり、すぐ隣はワイレアというハワイ、そして、
マウイでも屈指のリゾートがあるが、キヘイはコンドミニアムがかなりあって最低、1-2週間くらい滞在するカナダや本土のリピーターが毎年やって来て目の前のビーチ(kam 1, 2, 3, やkeawakapuビーチなど)で一日中のんびりすごすのだ。
(右上写真:Keawakapu Beachから西マウイを撮る。
右下:妻の妹の家から見たラナイ島に落ちる夕日)
左記にあげたビーチからのサンセットはMaui No Ka Oiである。島の東側は常に北東から貿易風が吹いておりHale Akala(マウイ島のシンボルの休火山で10023フィート/3055メートルの美しい山)に雲をかけて雨を(シャワーだが)降らせるのに対して、
こちら南西側は雨がほとんど降らず(降っても夜中にシャワーがあるくらいで)日中はいつも
サンシャイン。とくに、午前中は目の前のオーシャンはいつもコバルトブルー。
心が洗われる。
キヘイとワイレアは西にKahoolawe (無人島)、目の前にLanai島、右側に西マウイがあって
ここの湾は波静かで毎年鯨が好んで(子育てなど?)にやってくる。
Lanai島に架かる夕日は本当に美しく心洗われる。
この景色だけでもここにずっと住んでいたいと思う。
ここには数年住んだのだが、
オアフとは異なる島で(オアフもいい所だが)、私の第二のふるさとになった。
マウイを離れてからも毎年一、二回は「里帰り」するようになった。
日本からのマウイに行く観光客のほとんどは北西にあるラハイナに滞在する。
ワイレアはバブルの頃は日本人も滞在していたが最近はめっきり少なくなった。
キヘイはほとんど滞在しないし、あまり、知られていない。
私にとっては「心のふるさと」だから、偏った見方(味方???)でコメントするが、
ロコのように「暮らすように滞在する」なら
一度マウイ島のキヘイへどうぞ。Maui No Ka Oi.

2012年4月25日水曜日

Aloha
子供の頃近所の本屋でポリネシアの紹介本(写真集と旅行記)を開いて、
南太平洋(ポリネシア地方)について初めて知ることになった。
ハワイ、タヒチ、サモア、トンガ、フィジー、ニュージーランドなどの美しい景色と気候、素朴な人々など。
「いつか行ってみたいなあ」。ハナウマベイやタヒチのモーレア島にあるクック湾の写真の切抜きを自分の
部屋に張って思いを馳せたものである。20代前半、ふるさと、「南国土佐を後にして」(どこかで聞いたフレーズ?)
気がついたらオアフ島北側のライエという小さな町にあるBYU Hawaiiという私立の大学に。すぐ隣には現在ハワイで
年間1,2を争う観光地 Polynesian Cultural Centerがある。ここではBYUハワイ校に通うポリネシアやアジアからの
留学生が働きながら(アルバイトをしながら)大学教育を受けられるように設立されたセンターで、私もここでガイドのアルバイトをしながら親からの仕送りなしで大学に行かせてもらった。ある日、ポリネシアの学生に囲まれての学生生活の中、
次の思いがふとこころに浮かんできた:「こどもの頃に思いを馳せた夢が今現実になったんだ」と。
「思えば叶う」とはこのことなんだ、と。
ここでの4年間の留学生活は言葉では言い尽くせないすばらしい体験を私に与えてくれた。
大学で知り合った学生と学生結婚、卒業式は二人で卒業。おまけに、生後2ヶ月の女の子までついて。
以後、ハワイには数年住むことにもなったり、日本に帰国してからも、毎年必ず、一回は訪れるようになった。
ふしぎな島である。何か特別な「Spirit」が私を
(そして、多くの訪れたことのある日本人や世界中の人々を)魅了してやまない。なぜだろうか?
それは、アロハスピリットと呼ばれるこの美しい島とそこに住む人たちが代々受け継いできた「Alohaのこころ」だと思う。
ロコ達は自分の家族や、友人、また、新しく知り合った人たち、しいては、ハワイを訪れる人たちまでもを
「オハナ」とよぶ。それは「家族」という意味である。
だれにも、家族は何よりも大切で、尊い存在であり、"At Home"(くつろげる)ところである。
このオハナ精神が人々を惹きつけるのである。まだ、ハワイに一度も行った事のない人は(ほとんどいないと思うが)、
ぜひ、一度行ってみてほしい。私の言っている意味がわかるはずである。いや、感じられるはずである。