2015年3月13日金曜日

Maui Sweet Home


Here is another song I wrote recently. The title of the song is"Maui Sweet Home".

Even though I am now an ocean away from "home", Maui is always on my mind.

This is a song about my love (aloha) for Maui:  

*Just click on the URL below:


最近作った曲 ”Maui Sweet Home"です. ”今は海を隔てた所に住んではいるが、

心はいつもマウイにある:そんな気持ちをこの曲にこめています:


2015年2月14日土曜日

あめふり Amefuri

 英語のコメントの後に日本語でコメントしています(以下):
A Japanese comment follows after the English one:

The joy of  creating something: For me, it is writing songs.
It's been a while since I wrote this song. Yes, it's a long, long time ago.
Say, over 40yrs. The song is called "Amefuri or あめふり or Rainfall -my way of
interpretation".

I was 19 when I was in a hospital because of a burn injury. On one Saturday
morning, I opened the window and found it was rainy and saw a girl on a raincoat and
an umbrella, passing by. That was when this song popped up on my mind with
a Bosa Nova tune.
Recorded in 1976.          Hope you'll enjoy it!

P.S. The song has also been posted on youtube:

https://www.youtube.com/watch?v=RLudtKLdb5g


何かを創ることの喜び: ボクの場合は曲を書くことかな。
もうずーと、ずーと前のこと、40年以上になる、この曲を書いたのは。
”あめふり”という題名をつけた。19のとき足にやけどをして入院していた
ある土曜日の朝、窓をあけて外を見ると”あめふり”。
この曲がボサノバのリズムで浮かんできた。


下のバージョンはユーチューブにもアップロードしてます:

https://www.youtube.com/watch?v=RLudtKLdb5g

1976年に録音しました。

2013年5月14日火曜日

音楽とボク

思い出すに、最初に聴いた音楽はいわゆる”アメリカンポップス”だった。小学校の4年生のとき、近所の遊び友達の家にステレオがあった。その子はその当時ヒットしていた曲のSP版のレコード(裏表に一曲ずつ入っている物)を月に何枚か買ってきてはぼくに聴かせてくれた。1960年代の舶来(うわー、自分でも”古臭ーい”表現だと今書きながら思う)の音楽だった。エルビスプレスリーやクリフリチャード(クリフはイギリス人だが、我々には”アメリカンポップス”の一部だった)など。その次に、聴いたのはビートルズの音楽だった。ツイストアンドシャウト(Twist and Shout)や
I Wanna Hold Your Hand はそれは衝撃の音楽だった。10歳そこそこの子供にもロックンロールの
リズムとそのビートに体中が打ち震えたのをおぼえている。(ちょっとオーバーかな)
その後、中学生になりギターに興味を持ち、道路建設会社の現場監督をしていた父にある年の
春休みにアルバイトに雇ってもらい働いて貯めたはじめてのお金でフォークギターを買った。
1万円ちょっとだったと思う。ぼくには大金だった。うれしかった。勉強はそこそこで毎日ギターの
コードをおぼえたり、アルペジオ奏法やピックを使ってかき鳴らしたりした。高校にあがり
クラスメートとフォークソングのバンドを組んでBrothers FourやPPM (Peter、Paul,& Mary)
などの曲をコピーして学園祭などで歌った。十代の終わりの2年くらいは友人とトリオを結成し、
オリジナル曲(自分たちで作った曲)を歌った。ぼくはウッドベースとギター(とハモリ)の担当。
楽しかった!ウクレレもこの頃弾き始めた。当時は安物のウクレレだった(今はカマカの
8弦テナーウクレレを愛用)。
24でハワイの大学に進学(ブログの最初の記事に大学の事、書いてます)。そこで、
コンテンポラリーハワイアンミュージック、ポリネシアン音楽ーマオリ、サモア、タヒチ、トンガ、
クック諸島)に触れ、それ以来、ハワイアンを演奏し、これら南太平洋の音楽を聴くのが
趣味になっている。ジャンルにとらわれずに何でも聴くが、何故か、これらのポリネシアンミュージック(ハワイアンを中心に)が好きだ。自分に合ってる。また、心が癒される。何故だろう?
言葉ではうまく言えないが、ポリネシアの常夏の気候、青い空や海、屈託のない朗らかな
人々とそのライフスタイルから生まれた音楽はぼくの心に響き浸透する。
Brothers Cazimero, NaLeo, Kalapana, Teresa Bright、IZ,Makaha Sons, Keali'i Reichel などもよく聴く。今は、毎晩(almost)、寝る前にギターでひき語りをしたり、ユーチューブで好きな曲を動画で"聴く”のが楽しみであり、心のヒーリングの一部になっている。

2013年5月1日水曜日

Earthing


"The highest form of ignorance is when you reject something you don't know anything about." (Wayne Dyer) : (訳)至上の無知というのは自分が何もしらない事柄を(頭ごなしに)拒否すること。(ウエイン・ダイアー)

今回は、アーシング(Earthing)または、グラウンディング(Grounding)とよばれる
健康法について紹介しよう。妻がネットで知ったのはもう何年か前になるが、私に
教えてくれ、二人でそれ以来やっている。
あなたは太陽の下で浜辺や芝生をはだしで歩いたことがあるでしょう。どんな気持ちでしたか?何か”気持ちよい感じ”があったのではないでしょうか?それが大地からの癒しの力だとしたら?
以下の英語のネットのサイトの記事の抜粋を日本語に
してみました。シニアも、働き盛りの人も,WiFiをはじめ様々な電磁波をあびている
スマートフォン&ネット世代も炎症をとり、疲れを癒してくれるすばらしい健康法です。
 
Grounding (Earthing):

Mercola.com
Articles.mercola.com/sites/articles/archive/2012/10/10/plavix-health-risks.aspx
上記のサイトの記事からの抜粋(翻訳):
.... プラビックスのような血液をサラサラにする薬にとってかわる最もシンプルでコストもかからない(無料)、そして、効果の表れる方法の一つがグラウンディング(grounding)
である(”アーシング”-Earthing)としても知られている。この概念は当初、クリント・
オバー(Clint Ober) により開発された。最も簡潔な言葉で言えば、アーシングとは
「ただ、素足で歩くこと」である:大地に自分の体を接触(グラウンド)させることである。
この概念を「プラシーボまがいの幻想にすぎない」と一蹴する前に、グラウンディングの方法や実際の効果についての科学論文が12以上発表されていることを記しておく。
グラウンディングをすると大地から自分の体内に自由(活性)電子(Free Electrons)が入ってくる。
おそらく、この自由電子は人類史上、最も効力のある抗酸化物質(anti-oxydant)であろう。
炎症(inflammation) は、ほとんど、すべての疾病の特徴である。ゆえに、慢性炎症を
防ぐことが健康を包括的に守るカギとなる。
概して、素足はとてもよいコンダクター(伝導体)である。体のどの部分を地面につけても
よいが、あえて言うならば、効果絶大な部位がある。それは母指球(歩行時に地面を踏みしめる部位)で、体のあらゆる部分に関連する指圧のツボである。
グラウンディングは健康な細胞組織に侵入してくるフリーラジカル(活性酸素)をすぐさま
電気作用で中和してくれる。これは地面の電子はマイナスであり、フリーラジカルはプラスであるので、お互いを相殺(帳消し)するからである。
血液をサラサラにする薬の代替としてもう一つ非常に重要な発見がある。それは
グラウンディングは血液を薄めてくれる(粘度を下げる)ということである。
基本的にプラビックスがやってくれると同じ働きをするということである(しかし、
グラウンディングの方は比較にならないほど安全である)。

グラウンディングが血液をサラサラにしてくれるわけ
Dr.シナトラはDr.オスクマンを中心とした研究チーム(ゼータ電位"zeta potential"とよばれる血液の粘度を測る方法の一つに関する研究)を指導してきた。
この研究で、グラウンディングすると血中細胞の赤血球の電位はすばやく
上昇する、つまり、赤血球がお互いを“はじき合う”ので表面上でより多く充電
(charge) することがわかった。この働きが血液をサラサラにし、血流もよりなめらか
にさせ、同時に、血圧も下げてくれる。
このことでもう一つ明らかになったことは、赤血球がお互いに”はじき合う”ことにより、
お互いにくっつきにくくなり、血栓を作りにくくしてくれるということである。
命取りになりうる肺塞栓のような血栓ができるのに血液の固まりは大きなサイズでなくてもよいのである。ゆえに、このことは非常に有益なはたらきになる。加えて、赤血球の
ゼータ電位が上がると(上記のはたらき)を促進してくれる。
心臓病のリスクを軽減してくれるのみでなく、脳で起きる多くの血栓による脳細胞壊死
からもたらされる色々な梗塞痴呆になるリスクをも軽減してくれる。
Journal of Alternative and Complementary Medicine (peer-reviewed)
(代替&補完的医療ジャーナル誌-査読済に載った血液の粘度に関する論文によると、
グラウンディングを2時間行った場合、赤血球の表面への充電が上昇し、その結果、
血液の粘りと凝集度が減少した。著者は、グラウンディングは心臓病になるリスクおよび
症状を減少させる最もシンプルで役立つ介入方法(intervention)であると語っている。
明らかに、もっともシンプルなグラウンディング方法は、素足でも安全な屋外の場所で、
「素足で歩くこと」である。しかしながら、「都会に住むアスファルトやコンクリートに
囲まれて生活している人たちはどうしたらよいのか」「これらアスファルトやコンクリート
上でできるのか」「自然の道路はどうでしょうか」「どの種の地面が最も効果があるのか」
などの問いに関して答えるならば、
まず、これら様々な地面によっては大きな違いがあるということです。
素足で歩く最適な場所はビーチ、水中、又は、水辺(海水は理想的なコンダクターである)
である。体の主成分は水分であることから関連性は大である。
その次に良い場所は草地、とくに、露にぬれた草地がよい。
(早朝歩くと朝露に触れられる)。
コンクリート(その下が地面/土である)もよいコンダクターである。
塗装した(painted)コンクリートは電子を通さないのでおすすめできない。
その他、アスファルト、木、プラスチック(合成樹脂)、クツ(ゴムや合成樹脂底)も
電子を通さないので適さない。
追加参照資料:1.www.earthing.com
       2.著書 Earthing (by Clint Ober, Stephen T. Sinatra, M.D.,
                  Martin Zucker),その他の記事によると一日30分を一回
         から2回を提案している。(2時間やらなくてもOK)
         

2012年5月16日水曜日

Hawaiian? ハワイアン?

ハワイにはHawaiianと呼ばれるNative (土着の人たちーちょっと古臭い言葉だが)がいるが、
現在その数は本当にわずかである。白人やアジア系との結婚などでhapa(ハーフ)やmixed/chapsui(混血)になってきている。その他のハワイアン(ハワイ人/ハワイの人)と言えば、アメリカ本土から移って来た白人(約30%)、アジア系(約40%), その内、日系が約20% (日系の内、沖縄系が30%),ハワイを含むポリネシア系が約10%, ヒスパニック系(ポルトガル、メキシコ、プエルトリコなど)が9%などとなっているが、いろんな国から移民してきた人々とその2世、3世、4世、さらに続いている、いわゆる「ロコ」達を指す(現在も毎年相当な数の移民がハワイにもやって来ている)。
もちろん彼らの多くも混血なので、一概に何々系という風に区別できない面もある。ハワイは文化と人種のるつぼ(melting pot) なのだ。
ハワイに行った方は「ここはアメリカ?」と思われた方が多いのでは?街を歩いてもアジア系がいっぱい。中でも日系が目立つ。名前も新里(シンサト)、仲間(ナカマ)、喜屋武(キヤブと呼ぶ;キャンではない)など沖縄系の名前をよく見かける。ご存知のようにハワイにはサトウキビ労働者としてポルトガルや日本、フィリピンなどから移民が集められた。一攫千金を夢見て日本人も(次男以下の貧しい出稼ぎ目的のものが多かった)神戸からの移民船に乗った。 一世たちは身を粉にして働いた。そして、子供たちを大学にやった。ハワイで確か最初のアジア系の知事はジョージ・良一・有吉さんだったと思うが(私が20代でハワイの大学に通っていたあたりは確か彼がまだ知事をしていたはず)、彼は日系2世で、両親は移民としてハワイにやって来、苦労して息子のジョージを学校に
やった。現在、日系は州や政府、官公庁などの公務員や医師や弁護士、警官などハワイ州になくてはならない要職に就いている人たちが多い。
話がちょっと逸れたが、日本人がハワイ大好きな理由の一つがアメリカであってアメリカらしくない
州?だからだと思う。それはアジア系、特に、日系人が多く、身近にーアットホームーに
感ずるからだと思う。日系ロコたちはクリスマスにハムや(時折、七面鳥も出される)その他、
アメリカの料理とともに「たくあん」をメニューの一品として必ずと言っていいほど出す。スーバーに行ってもたくあんはかならず置いてある。もちろん、日系だけではなくハワイのロコたちに
なくてはならないハワイアン料理の一つになっている。年配の日系人たちは親や先祖たちの
出身地(広島弁、熊本弁など) の方言まざりの日本語を話す。私とワイフの古い友人に
ヒデオとトモエがいる。マウイのカフルイに住んでいる。もう80代後半であるが、毎年
必ず二人で日本に旅行に来る。それぞれ、2世、3世だが、我々以上に「日本人」的な
ところがある。日本に来るときは必ずおみやげを持ってくる。こちらも、二人に会うときは
お土産やお返しをする。彼らはアメリカ人だが「日本文化」をもった日系のハワイ人(ロコ)なのである。

2012年4月29日日曜日

Maui No Ka Oi


Maui No Ka Oi  [マウイはナンバーワン(一番)」という意味。
大学を出て、妻の家族が住んでいるマウイ島のキヘイという小さな町に住むことになる。キヘイは島の南西にあり、すぐ隣はワイレアというハワイ、そして、
マウイでも屈指のリゾートがあるが、キヘイはコンドミニアムがかなりあって最低、1-2週間くらい滞在するカナダや本土のリピーターが毎年やって来て目の前のビーチ(kam 1, 2, 3, やkeawakapuビーチなど)で一日中のんびりすごすのだ。
(右上写真:Keawakapu Beachから西マウイを撮る。
右下:妻の妹の家から見たラナイ島に落ちる夕日)
左記にあげたビーチからのサンセットはMaui No Ka Oiである。島の東側は常に北東から貿易風が吹いておりHale Akala(マウイ島のシンボルの休火山で10023フィート/3055メートルの美しい山)に雲をかけて雨を(シャワーだが)降らせるのに対して、
こちら南西側は雨がほとんど降らず(降っても夜中にシャワーがあるくらいで)日中はいつも
サンシャイン。とくに、午前中は目の前のオーシャンはいつもコバルトブルー。
心が洗われる。
キヘイとワイレアは西にKahoolawe (無人島)、目の前にLanai島、右側に西マウイがあって
ここの湾は波静かで毎年鯨が好んで(子育てなど?)にやってくる。
Lanai島に架かる夕日は本当に美しく心洗われる。
この景色だけでもここにずっと住んでいたいと思う。
ここには数年住んだのだが、
オアフとは異なる島で(オアフもいい所だが)、私の第二のふるさとになった。
マウイを離れてからも毎年一、二回は「里帰り」するようになった。
日本からのマウイに行く観光客のほとんどは北西にあるラハイナに滞在する。
ワイレアはバブルの頃は日本人も滞在していたが最近はめっきり少なくなった。
キヘイはほとんど滞在しないし、あまり、知られていない。
私にとっては「心のふるさと」だから、偏った見方(味方???)でコメントするが、
ロコのように「暮らすように滞在する」なら
一度マウイ島のキヘイへどうぞ。Maui No Ka Oi.

2012年4月25日水曜日

Aloha
子供の頃近所の本屋でポリネシアの紹介本(写真集と旅行記)を開いて、
南太平洋(ポリネシア地方)について初めて知ることになった。
ハワイ、タヒチ、サモア、トンガ、フィジー、ニュージーランドなどの美しい景色と気候、素朴な人々など。
「いつか行ってみたいなあ」。ハナウマベイやタヒチのモーレア島にあるクック湾の写真の切抜きを自分の
部屋に張って思いを馳せたものである。20代前半、ふるさと、「南国土佐を後にして」(どこかで聞いたフレーズ?)
気がついたらオアフ島北側のライエという小さな町にあるBYU Hawaiiという私立の大学に。すぐ隣には現在ハワイで
年間1,2を争う観光地 Polynesian Cultural Centerがある。ここではBYUハワイ校に通うポリネシアやアジアからの
留学生が働きながら(アルバイトをしながら)大学教育を受けられるように設立されたセンターで、私もここでガイドのアルバイトをしながら親からの仕送りなしで大学に行かせてもらった。ある日、ポリネシアの学生に囲まれての学生生活の中、
次の思いがふとこころに浮かんできた:「こどもの頃に思いを馳せた夢が今現実になったんだ」と。
「思えば叶う」とはこのことなんだ、と。
ここでの4年間の留学生活は言葉では言い尽くせないすばらしい体験を私に与えてくれた。
大学で知り合った学生と学生結婚、卒業式は二人で卒業。おまけに、生後2ヶ月の女の子までついて。
以後、ハワイには数年住むことにもなったり、日本に帰国してからも、毎年必ず、一回は訪れるようになった。
ふしぎな島である。何か特別な「Spirit」が私を
(そして、多くの訪れたことのある日本人や世界中の人々を)魅了してやまない。なぜだろうか?
それは、アロハスピリットと呼ばれるこの美しい島とそこに住む人たちが代々受け継いできた「Alohaのこころ」だと思う。
ロコ達は自分の家族や、友人、また、新しく知り合った人たち、しいては、ハワイを訪れる人たちまでもを
「オハナ」とよぶ。それは「家族」という意味である。
だれにも、家族は何よりも大切で、尊い存在であり、"At Home"(くつろげる)ところである。
このオハナ精神が人々を惹きつけるのである。まだ、ハワイに一度も行った事のない人は(ほとんどいないと思うが)、
ぜひ、一度行ってみてほしい。私の言っている意味がわかるはずである。いや、感じられるはずである。